看護師復職をした勤務先は?起業ができる訪問看護ステーションだから

看護師の復職で生き生きする

私が看護師を辞めた表向きの理由は妊娠出産でした。

しかし、看護師の仕事に就いてからの丸4年というもの、常に職場の人間関係に悩まされ、苛烈なシフト勤務で心も身体もボロボロに。

さらに結婚してからは、独身の先輩からのいじめに近い嫌がらせや家事との両立に疲れ果て、妊娠を機に看護師を辞める決意をしました。しかし、せっかく取得した資格を生かさない手はないと考え、以前勤めたような苛烈で殺伐とした職場には復職するつもりはありませんでした。

訪問看護ステーションなら、一般の病院での経営を圧迫、看護師にしわ寄せがくる診療報酬の面でも恵まれています。また訪問看護ステーションは看護師が起業できる数少ない復職先でもあります。今回のケースで選択したのが訪問看護ステーションなのです。

辞める時には「もう2度と看護職には戻らない」と心に決め、出産後は子育てに没頭してきました。そんな私でしたが、経済的な理由もあって仕事に就こうと考えたとき、まっさきに考えたのが看護師への復職です。あれほどつらい思いをして職を辞した看護の世界なのに、再び看護師として復活しようと心に決めました。そこにはある理由があるのですが…

1.看護師を志したきっかけ

私が看護師になろうと決めたのは高校生の頃でした。高2になってまもなく、漠然と進路を考えなければならないと感じて、将来進むべき道についてあれこれと思い悩むようになりました。特別、勉強ができるほうではなかったし、打ち込むべき部活や趣味もこれといってなく、暇さえあればマンガやアニメを見ていましたから、進路を考えるといっても大変でした。

そんなとき、ふと思いついたのが看護師の仕事です。ナースを主役にしたマンガの影響もあり、資格をとれば一生くいっぱぐれがない、なんて自分に都合よく考えての事です。看護師を志したのは極めて軽く、不純な動機だったわけです。

1-1理想と現実の違い

もともと軽いノリで看護師を目指した私なので、実習生の頃からあまりできのいいほうではありませんでした。それでもなんとか国家試験に合格、地元の病院に就職することができたのです。しかし、地元の病院に就職したことが後の苛烈な看護師人生につながっていようとは、この時点では思いもよりませんでした。

1-2看護師不足と地域格差

私の地元は東京に隣接するいわゆるベッドタウンと呼ばれる県で、20年ほど前までは農家や空き地の多い田舎町でした。今では開発が進み、町並みはそれなりに都会的ですが人口減少と高齢化は避けられず、日中、町を往く人の多くは高齢者です。

必然的に医療機関を訪れる人は多いのですが、こうした土地では医師や看護師が慢性的に不足しています。東京に隣接するがゆえに医師や看護職は東京の医療機関に集中してしまい、地域格差による空洞化が起こっているのです。

うつ病になる傾向

 

出典:東京都看護職員需給見通し策定検討会報告

 

上の図は東京都の看護職員需給見通しですが、平成27年度には需給バランスの均衡がとれるようになっています。これに対して、たとえば埼玉県の需給見通しは下の表のようになっていて、需給バランスの改善はの望めない状況です。医療関係者だけでなく、埼玉県など東京都に隣接する県では非常に多くの人が東京都に越県通勤しているのが現実です。

看護師需要見通し表

出典:第七次看護職員需給見通し – 埼玉県

もともと日本の医師、看護師は先進諸国の中では極端に少なく、OECD(経済協力開発機構)加盟の30か国では下から4番目という水準の低さです。これに加えてさらに国内の地域格差により、都市近郊や地方では深刻な医療の崩壊を招いているのです。

医師、看護師が不足しているので深刻な医療問題になっている
出典:船橋市|救急医療シンポジウム2008

1-3人間関係とシフト勤務のダブルダメージ

そんな地域格差に加えて平成16年に改正された医師法によって、新卒医師の2年間研修が義務化されました。すべての医科で研修を行い、総合医としての基礎を学ぶというのが目的ですが、この改正で研修医のアルバイトは実質禁止、医師の名義貸しも違法とされたために一気に医師不足を招くことになったのです。

医療研修制度の概要出典:厚生労働省:政策レポート(医師臨床研修制度の見直しについて)

おかげで30代~40代の中堅ドクターは休日もろくにとれない激務となり、いつもピリピリして私たちナースにも厳しく接しがちです。ドクターと師長の両方からつらく当たられても、先輩ナースは忙しくて新人の面倒など見ている余裕はない。必然的に看護助手や私のような新米ナースにも容赦なく業務指示が下されます。シフトは2勤3勤の変則あり、引き継ぎも適当で現場はいつも大混乱です。あまりのつらさに辞めたいという看護職も多いのですが、慢性的な人手不足のために病院の経営層はそう簡単には辞めさせてくれません。私も常に眠気やだるさがあり、ぼーっとしてミスをすることもしばしばでした。これでは患者さんに申し訳ない、という気持ちはあるのですが、自分ではどうすることもできませんでした。

2.結婚を機に得たものと失ったもの

看護師になってからというもの、患者さん以外の男性と出会う機会は極端に少なくなりました。休みが不規則なうえ、普段の激務から休みの日に出かける気になれず、ひたすら家でゴロゴロするだけです。これじゃいけないと思い、婚活サイトに登録してみたのです。それで、休みの日はひたすら男性会員のプロフィールをチェックしては気に入った人にサインを送ったりしてました。婚活サイトの男性会員って中年かさえない人ばかりかと思っていたんですが、中には自営業などで多忙のため婚活している人も少なくありませんでした。

2-1婚活しないと結婚できない時代

女性も男性も今や待っているだけでは結婚はおろか、出会いすら望めない世の中です。年収や家族構成、住んでいる地域などを入念にチェックしながら選んだのが今の旦那さん。結婚するまではとてもいい人だと思っていたのですが…やはり理想通りの完璧なひとなんて、そうそういるもんじゃありません。結婚して初めて現実を知りました。

2-2結婚式まではよかったが

結婚したらどこに住むとか、新居はこんなインテリアにして、休日は二人でレストランへ食事をしにいこう、とか夢ばかり語っていましたが、いざ結婚式を終えて生活に戻ると独身の頃より悲惨な日常が待っていました。彼はやさしくて経済力もそこそこあるのですが、家事はまるでだめで、分担どころかぜんぶ私まかせ。結婚前は家事を分担してやろうね、って言っていたのに。

2-3先輩からのいやがらせ

しかも結婚が決まったとき、先輩に病院を辞めたいと相談したのがよくなかった。翌日には師長の知るところとなり、先輩同僚一同から裏切り者扱い。あんなに優しかった先輩も手のひらを返したように冷たいそぶりをみせるようになりました。別の先輩からは患者さんの前で小さなミスを大げさに指摘されたり、誰もいないところで大きな声で怒鳴られたり、ほんとに散々でした。

たぶん、仕事もろくにでいない後輩に先を越された、というやっかみも会ったんだと思います。年の近い先輩たちはみんな独身でしたから。そんな職場で身も心も疲れ果てて家に帰ると、今度は食事の支度や後片付け。たまには旦那も食器洗いくらいはしてくれるけど、休日はレストランどころか洗濯と掃除に費やす日々です。

3.限界を感じ始めて

もう本当に心が疲れてしまって、ときどき頭が真っ白になって何も考えられないときがあって、これはもう限界だと思いました。旦那にも相談して、もう一度病院に退職を願い出ることにしたのですが、いつ言おうか考えているうちに妊娠が判明しました。「これで辞められる!」心底、ほっとしました。病院看護職の離職率は横ばい状態で、私の勤務した150床クラスの病院では10%程度となっています。しかし、もっと簡単に病院を辞められるなら、離職率はグンと高まることでしょう。

看護職員離職率出典:看護師の離職率、常勤は11%、新卒は7.5%、小規模病院で高水準―日看協調査

3-1退職そして出産

旦那から見ても私の様子がおかしいのは明らかだったのでしょう。私が病院を辞めると言ったとき何も言わずに賛成してくれました。幸い、当時は旦那の収入もそこそこあって、私が辞めてもすぐに生活に困るようなことはありませんでした。看護師を辞めて本当によかったと、安心して出産に臨むことができました。出産には自宅から少し離れた総合病院を選びました。ここの病院は私たちの間でも、患者さんから評判がいいとうわさに聞いていたからです。

ちなみに、私の勤務したような急性期病棟では、当時の私と同じ実務経験3~5年の看護師のうち、実に半数以上に抑うつ傾向がみられた、とする報告があります。私は運よく?辞められたので大きなアクシデントもなく済みましたが、あのまま勤めていたら完全にうつ病になったり、重大な医療事故を起こしていたかもしれません。

うつ傾向の割合

3-2子育て後の生活

出産後、2年ほどは順調に過ごしました。生まれてきた長男も大過なすくすくと成長してくれてかわいい盛りを迎えます。あれほど目まぐるしく動き回り、心も身体も限界まで働いていた毎日がウソのようです。ただ、なんとなく心のどこかに大きな穴がぽっかりとあいたような虚無感を感じることもときどきありました。どこかでナースとしての自分を誇らしく感じていたのでしょう。患者さんから「ありがとう。あなたが担当でよかった。」といわれたことなどを思い出したりして。

子育て後の生活出典:とらばーゆ看護|ナース研究室

3-3経済的な問題

病院を辞めてから2年が経ち、旦那さんの仕事も順調でしたから、もうずっとこのまま専業主婦でいられるものだと思っていました。でも、世の中というのは本当に甘くないものですね。もともと会社員だった旦那は、海外での勤務経験があり、その当時の人脈を使って個人貿易みたいなことをしていました。ところが、amazonのようなネット通販が普及して個人輸入は利益が取りにくくなっているうえに追い打ちをかけるようなB急激な円安。そんな仕事のストレスからか、今度は旦那が体調を崩して入院してしまいました。当然、収入も激減です。

4.看護師への復職

経済的な問題がかなり大きくて、保育園へのお迎えと私が帰宅するまでの間を実家の母に頼んで、仕事を探すことに決めました。一応、どんな仕事に就こうか考えましたが、結局、看護師に戻ろうと思いました。本当は心の中で最初から決めていたのかも知れませんね。看護師として復職しようと決めたら、なんだかすがすがしい気持ちになりました。

不思議なものですね。勤めていたころはあれほどつらくて、職場に行くのが嫌で嫌で仕方なかったのに。旦那が入院したおかげで、久しぶりに医療現場で懸命に働くナースを見て、私も看護師に戻りたい、と率直に思ったのです。なんだかんだ言っても、ナースはみんな頑張っているんです。

4-1 職探しはたいへん

ただ、看護師に戻ることを決めたのには他の職種での就職が難しいという理由もありました。条件をつけなければ選択肢は広がりますが、小さな子供がいるし、退院してきたとはいえ体調が万全ではない旦那もいます。やはり、せっかく取得した資格を生かさない手はないと考えました。でも、以前勤めたような殺伐とした職場には絶対にもどりたくありません。

4-2 病院以外での看護の仕事

そこで病院以外の看護職を探すことにしました。美容整形やクリニックでの勤務は休みもとりやすく身体的には楽そうです。ほかにも、企業や公的機関の医務室勤務、幼稚園や福祉施設、健診センターや治験専門の施設などいろいろありそうです。しかし、通勤距離などを考えるとそれぞれ一長一短で決めかねていました。

看護職員就業者数

4-3 看護師への復活を決めた理由

そんな中で私が選んだのは訪問看護ステーションでした。私が勤めていたころからそうでしたが、現在の急性期病棟では患者さんを長く入院させておきません。長く入院するほど診療報酬が下がるからです。また、7対1や10対1の看護体制では入院日数を制限されていますので、病院としては減収となるわけです。

そんな状況下で急増しているのが訪問看護ステーションです。旦那が倒れて入院したとき、なるべく早く退院させようとする病院サイドの姿勢になんともいいようのない気持ちになったものでした。こんなとき、一般の患者さんはなすすべがありません。そのようなケースで頼りになるのが訪問看護ステーションなのです。私が看護師としてもう一度復活しようと考えたひとつめの理由がこれです。

診療報酬改定

まとめ

私が選んだ訪問看護ステーションは地元の医師会が運営する地域密着型のステーションです。訪問看護施設にもいろいろな経営体があり、中には病棟での看護並に過酷な職場もあると聞きますので、やはり病院やクリニックと連携した看護ステーションがベストだといえるでしょう。また、訪問看護ステーションは看護師が起業できる数少ない選択肢でもあります。

病院と連携した訪問看護の現場で経営についても学び、いつかは自分で経営をしてみたい、という夢を持つようにもなりました。看護師への復活を決めたふたつめの理由がまさにこれです。

かつて地獄のような職場で心身を病みかけた私ですが、在宅医療が進み、看護師の活躍できるフィールドが拡がることであのような過酷な現場も少しずつ改善されていくことでしょう。どんな仕事でもそうかもしれませんが、新しいチャレンジこそが自分自身にキャリアアップをもたらしてくれる唯一の正しい方法なんだろうと思います。

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