看護診断は現状の把握から正しい看護が実践できる

看護診断は現状を考える看護師

実践の記録をもとに、そこには何が起こっていたのかを丁寧に分析し、明らかにしていきましょう。

どういう状況が起こっているのかを検討する

「手術はできない」と医師から説明を受けたAさんは、「悪いことは間きたくない」と再手術を受けるか治療をしないで退院するか悩んでいました。「一番怖いのは手術して死んでしまうことで、それよりこのまま好きなことをして最期を迎えようかと考えてしまう」と話しました。

また、医師との関係において「僕は古い人間だから上下関係や義理などは大切にする」と医師との関係を気にしながら、手術はこの病院ではできないとの説明を聞いた後に「先生は信用できない。やっぱり悔しい」と言うこともありました。

Aさんの妻は、Aさんにどうしようかと相談されても「私は決められない。でも、何としても生きてほしい」という思いがあり、長女は「セカンドオピニオンに行って手術ができなくても納得してほしい」と思っていました。長男は長女と同様の意見でしたが、海外に居るためにAさんの相談になかなか乗ることができませんでした。

セカンドオピニオンの流れ

出典: 独立行政法人 労働者健康安全機構 福島労災病院

このような状況を、意思の決定に伴う価値の対立に着目して、その背景や重要性を見出しながら、意思決定を導くための解決策を模索する「倫理的分析と意思決定のためのモデル」を参考に検討をしたところ、〈疾患について知りたいが悪いことは聞きたくないという個人的ジレンマ〉く医師に対する不信感が募るが悪く思われたくないという医師に対するジレンマ〉〈家族に意思決定をしてもらいたいA氏と家族のジレンマ〉という3つのジレンマを導き出すことができました。

この状況を分析的に検討するときに、私は3つのことを看護師さんに伝え続けました。 1つ目は、ひとかたまりに起こっている現象を分けて考えることと、2つ目は物事をありのままに見ること、そして3つ目は、既存の知識を共通理解としてもち、起こっている事柄の解釈を進めていくことでした。

起こっている状況を分けて考える

看護診断として現象を分けて考える

この事例の検討を進めていくときに看護師さんは、 1つの状況を分けて考えることに戸惑いを感じていました。実践を通してこの現象を逐一知っている看護師さんにとって、先の3つのジレンマは同時に進行していることなので、分けて考えることに違和感を感じ、また、く分けて考える〉ということにどういう意味があるのか疑問だったのです。

例えば、机の上にあった四角いジュースのパックを使って、「このジュースはりんごジュースで誰が飲んでも同じ味がします。しかし、このパックを見るとこちらの一面はりんごの絵が描かれ、反対の一面は内容量が書かれており、 1つのジュースのパックでも見る方向によって見方が違うということがわかります。

Aさんの状況も一緒で、看護師さんは実践をしているのでその状況はビデオを見るようによく知っているのだけれども、そこで何が起こっていたのか、看護師の行為にはどういう意味があったのかなど看護診断を振り返ることで見えることがあります。

看護診断は、このりんごジュースのパックを説明するときには、絵の面と文字の面などをそれぞれ説明することが必要ですよね。それと同じように、看護診断の場面をいろいろな方向から、 1つひとつ分けて考えていくことによって、複雑に絡み合った毛糸玉のような現象が、ずっと向こうまで見えるようになるのです。

まずは1つひとつ取り出して糸をほぐし、一側面ごとに考えて、側面と側面の関係性を考えることでAさんの状況と看護師がどういった看護を行っていたのかが説明できると考えます」と説明しました。

これを「認識の階段を上る」という考え方でとらえてみましょう。看護師さんが経験した看護(感性的認識)を表象的認識へと経験を転換させることであり、Aさんが抱えていたジレンマの構造には、自分自身の問題、医師との関係、家族との関係という3つの現象が起こっていたことが見出されたのです。

さらに、その構造を構成している3つの現象(ジレンマ)に対して、〈そこにはいったい何が起こっているか〉という問いをもとに、解釈を複数のメンバーで行っていきます。その結果、その3つの現象には〈疾患について知りたいが悪いことは聞きたくないというA氏自身の個人的ジレンマ〉く医師に対する不信感が募るが悪く思われたくないというA氏の医師に対する気持ちの対立〉〈家族に意思決定をしてもらいたいA氏とA氏に頼られる家族のジレンマ〉という区別がつきました。

これが理性的認識である看護を言葉にするという「概念化」なのです。

物事をありのままに見る看護診断

思考を中断する

ここで大切なことを1つつけ加えようと思います。看護現象を〈そこにはいったい何が起こっているのだろう〉と考えるときに最も必要だと考えられるのは、物事をありのままにとらえることです。

思考停止

「物事をありのままにとらえる」とは、自分の考えや価値観などはさておき、この事例の場合、〈Aさんはなぜ、セカンドオピニオンに行きたいと言いながら、行動に移すことができないのか〉についてを、Aさんに沿って考えることです。この問いを考えるときに、「Aさんは心配性だからしょうがない」「患者さんはセカンドオピニオンに行くかどうかをよく迷う」というような、看護師の勝手な基準で考えてしまうとAさんの内部には、入り込むことができません。

リフレクションのプロセスの中で、最も看護実践に役立つと考えているのが、この「物事をありのままに見る=思考を中断する」ことだと考えています。

例えば、おなかが痛いという患者さんに対して「術後だから仕方ない」といった看護師の基準で終わってしまうのか、あるいは、「いま、痛み止めの量は○○で術式は△△であり、術後~時間経っている。痛みはこういう痛みであり、・……」というように現象をありのままにとらえることができると、次に行うケアの深さが全く違うことに気がつきます。

つまり、「状況に対応した」看護診断が実践できるのです。このことを現象学では「思考停止(エポケー)」といいます。

まとめ

リフレクションを通して物事をありのままに見るトレーニングを行うことで、自分の考えから開放され、患者さんに近づくことができるのです。

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