ナースの本音 サイトについて

看護師におけるアサーティブな自己表現とは

このサイトには、アサーション(assertion)とは聞き慣れない言葉を多く多様しています。英和辞典で調べてみると「主張」「断言」などという意味が書いてあります。また、形容詞のアサーテイプ(assertiveness)には「断定的な」「自己主張の強い」などの意味が書かれています。

ただ、このアサーションという言葉を辞書通りに「自己主張」という日本語に置き換えてしまうと、どうしても「一方的」だったり「押しつけ的」だったりするニュアンスがつきまとってきます。しかし、これでは本来のアサーションの意味とは異なるものになってしまいます。

本来のアサーションの意味とは「自分も相手も大切にした自己表現」ということです。もっと具体的に看護師の立場にいえば、「自分の考え、欲求、気持ちなどを率直に、正直に、その場の状況にあった適切な方法で述べること」ということなのです。すなわち、アサーションという言葉には「相手のことも大切にする」という看護、支援の意味があり、「自己主張」という日本語では、その意味がのニュアンスが異なってきます。

そこで、通常はこの言葉を日本語に訳さずにそのまま「アサーション」あるいは「アサーテイプ」と述べ、あえて日本語にする場合には「さわやかな自己表現」と表記し、お伝えすることにしました。

人間としてやってもいいことを知っていることが大切

自信を持つ新人の看護師

このサイトでは、すべてが確かなことだけで進んでいるわけではないと述べています。その理由は、人間同士の対応やあり方は、人間の数だけあり、予測できないことのほうが多いからです。ある患者には何の問題もなかった対応でも、他の患者は傷ついたり、怒ったりすることはあります。

新人のナースはよく、「ナースは看護の専門家なのだから病気や看護については、答えられるはずだ」と思っていることがあります。そんな人は、患者に質問されたことが知らないことだったりすると、あわてて不確かな答えをしてしまったり、うやむやのうちに会話をすませたりします。
知らないことがバレることを恥ずかしいと思い、それを隠そうとするからです。こんなとき、「知らないことやわからないことがあってもよい」ということがわかっているといいかげんな答えはしないでしょうし、誰かに答えを聞いてからきちんと返事をし、患者に対して適切な対応ができるだけでなく、知らなかったことを知るチャンスも得られます。

「聞くは一時の恥」とは、このことです。看護にもその他の仕事にも、専門家として知っているぺきことはありますが、同時に不確かなこと、懸念などは、人によって違うのです。「人は皆違っているので、誰もが同じ言動をするとはかぎらないし、知っていることにも、考えることにも、感じることにも違いがあってよい」のです。

神様でない人間が、知らないことがあるのは、基本的には恥ずかしいことでも、不名誉なことでもないのです。むしろ、知らないことをきちんと知ろうとしなかったり、あいまいなままに知っておくことこそ、あってはなちないことです。

表現することもアサーション

人は、困ったり、緊張したり、不安になったり、自信がなかったりするもので、それを表現してよいし、表現することもアサーションです。ナース同士で、アサーテイブに自己表現できない事例で解説している、「攻撃的なコミュニケーシヨン」の記事中で攻撃的な態度に転じてしまう看護師がいます。

この事例に最も合うアサーションとは、いつも自信満々に、正々堂々と自己表現をすることではなく、思ったこと、感じていることを正直に、素直に言ってみることなのです。

人間が感じることは、プラスの面でもマイナスの面でも、表現してよいのです。

あなたは、日ごろ次のような状況になったとき、自信を失ったり、引っ込んだり、逆に、攻撃的になったりしませんか。

  1. 攻撃的、権威的なものの言い方をする患者や医師に対したとき
  2. 医師や上司から「それはできて当然」と言われたとき
  3. 患者や後輩に質問されて、答えを知らないとき
  4. 自分のアイデアや考えが優れていると思うとき
  5. 私のことをわかってほしいと思うとき
  6. 患者の訴えや状態がわからないとき
  7. 些細なことだが間違ったり、失敗したりしたとき
  8. 疲労が蓄積し、仕事がうまくいかないとき
  9. 患者や医師、上司から頼まねごとをされ、断りたいとき
  10. 他者の行為や身につけているものなどに好意をもったとき

これらの各項目の状況になったとき、どれほど率直に自分の気持ちを認め、表現しているでしょうか。

引っ込み思案になったり、不機嫌になったり、居丈高になったりしてはいませんか。もし、そのような反応をするとすれば、それは自己信頼がないことを表しており、その根底には、「知識や技術がない」とか「自分がだめだ」といったことがあるのではなく、誰もが「やってもよいことを知らない」とか「やってもよいことに確信がない」ことが、関わっています。

つまり、人は不完全であり、できること、できないことがめるし、ときには失敗することもあるのです。自分にも相手にもできないことはあり、あなたがだめだったり、問題だったりするとはかぎりません。

できない看護師が自信を持つことが大事

「できない」という言葉を日ごろどれくらい使っているか思い出してみましよう。そして「○○できない」を「○○しない」に言い換えてみましょう。たとえば、患者に質問されて答えがわからないとき、「答えられない」と言わず「答えない」に変えてみるのです。

答えないという意味では同じことなのですが、その背後にある態度は大きく違うことがわかるでしよう。「答えられない」と言っているときは、自分の責任をどこかあいまいにしていますが、「答えない」と言ってみると自分の責任がはっきりわかります。「答えない」でよい場合もあるで
しょうが、答える必要があるときは、「答えない」とは言えないので、「私は知らない」とか「誰かに聞いて答える」となるでしよう。

とくに看護の仕事はチームで進めますので、一人ひとりが「知らないこと」や「わからないこと」に正直になり、「できない」などと放置してはいけないのです。「それはやらない」と自分に言い聞かせてみて、それでいいかを確認することこそ人間の責任のとり方といえるでしよう。つまり、人間としてやってもよいことを知り、そこには正直になることがアサーションのカギといえましょう。

看護の自信とは

看護の自信とは、知っていること、わかっていること、これまでやってきたことに正直になり、それを必要なとき、実践に生かすか生かさないかを決めることです。必要なとき、やれることをやってみて、それでも失敗することもありうるのです。

誰かが代行できるときはその人に任せるとよいし、できないことがわかっているときは断ることです。初めての体験や大きな出来事では、誰も自信がないでしょうから、カを合わせるしかないのです。

人間のもつ自信とは、そんな範囲なのです。


白衣の天使ナースの本音TOP に戻る
看護のアサーション権を知ること に進む